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活発な少年時代を自然の多い町で過ごし、

  父親が車の中で聴いていた歌をよく口ずさんでいて、歌が好きな子供だった。 

中学に入り、文化祭でバンドを結成しライブもやるが、

一方で地元の仲間と不良グループを作り問題ばかりを起こしていた。

高校で暴走族に入り、やり場の無い思いを単車で走り吐き出していた。

  そして16歳の夏、(‘94)突然のバイク事故。

生死をさ迷った果て、車椅子の生き方が決まってしまう。

 それは今までと正反対の「引きこもり」の生活が始まる。母親が定時制高校入学を勧め受験をし、合格。

嫌々ながらも通い始め、友人が少しずつ出来、その仲間とギター部に入部しバンドを結成。

その後の文化祭ライブでヴォーカルを担当し、改めて音楽の力に触れ感動する。

「音楽の力なら、あの時のようにまた自分を表現できるかもしれない」と

そこから長い音楽の旅がスタートする。

その後、ギターを練習し作詞、作曲を始めシンガーソングライターとして活動する。

定時制卒業後、22歳の時に東京に行き都内のライブハウスや、ストリートで歌うようになる。

同時にバーテンダーのアルバイトし、そのお店で弾き語りをし、ストック曲も増える。

24歳(‘02)の時JRブレークステーション・オーディションに合格し「朝日新聞」、

「文藝春秋」にも取り上げられ、順調にアーティスト活動行いソングライティング力も高めてゆく。

25歳(‘03)マネージメント事務所ピュアハーツに所属。

しかし、25歳(‘03)の夏、壁にぶつかる。

16歳から車椅子の生活をしていたため、経験値の不足から全く曲が書けなくなってしまう。

そこで自分の引き出しを増やしに、自分の限界に挑戦するために、

車一台で 03、10/31〜04、1月末の89日間、北海道〜鹿児島、約10,000km『ONEツアー』を

自主制作『ONE』の売上を旅費としストリートライブツアーを行う。

このツアーが各地で話題となり、東京「CROCODILE」で行った『ONE TOUR LAST LIVE』は

各局のメディアにも取り上げられる。

そしてこのツアーにより、新しい町の匂い、人との出会いを基に歌を作り、

旅をしながら創作活動をしてゆくという、アーティストスタイルを見出す。

『ONEツアー』を終えた後、ミニアルバム『一人じゃないから』のレコーディングの為、

ニューヨークに渡り、アメリカ同時多発テロの現場の一つでもあるグラウンドゼロを見、ストリートライブを行う。

帰国後、‘04年7/1 ミニアルバム『一人じゃないから』を「一歌言」レーベルよりリリース。

この発売に伴い、再び90日間に及ぶ全国(北海道〜鹿児島)12,000kmのツアーに出かける。

このツアーライブのもようがまた全国各地の新聞社に掲載される。

8/8(日)にはフジテレビ「フォーク・ジャンボリー・~フォークデイズ夏祭り~」に出演。

各地でストリートライブ、テレビ、ラジオ出演等を繰り返し、9月末には九州に到達。 

3ヶ月ぶりに帰京。帰京後も精力的にライブ活動を行い

11/18(木)には初の自身の自伝本「両輪(ダブル・ホイール)」をTOKYO FM 出版より発売し、

同日、全国縦断凱旋&書籍発売記念ライブを後楽園「ラクーアガーデンステージ」を行う。

そして2度目の旅で感じた事は日本の美しさはもちろん、自分の故郷「妻沼」の大切さ(核になっている場所)を再確認にし、

一度故郷に戻り曲を書き始める。

そしてその「妻沼」をタイトルにした自主制作アルバム『妻沼』を制作し、10/3発売した。

後に11月から再び旅に出て、そのタイトルを「唄ツーリズム2005〜2006」と

銘打ち日本各地を回りながら、作曲活動をし、歌を歌い続けている。

2007年3月21日『唄ツーリズム2007』の旅にでる。

同時に4枚目のアルバム『灯り』をリリース。

2007年11月23日『唄ツーリズム2007〜2009』2年間のツアーに出る。

同時に5枚目のアルバム『いのちの灯り』をリリース。

『唄ツーリズム2007〜2009』今行っているこのツアーは、約200局近くある全国のコミュニティFMを、

全局ゲスト出演を目標としたツアーである。